優れためっき皮膜を得るためには、適切なめっき液を選定し正しく管理することが重要であるが、前処理方法の最適化もそれに劣らず大切です。しかし、めっき液以上に前処理に関する知識には経験的なものが多く、かつ相反する情報もあり、また被メッキ物の材質・加工・保管状況・現場の工程や雰囲気による違いが大きいことが、実際の作業者を悩ませています。
本稿では、素材の特性、主要薬品の特徴、各前処理工程の意味について、基礎的なことをできるだけ系統的にまとめて、特に金属素材別前処理のポイントを示しました。ただし、前処理工程例については、各めっきライン状況や微妙な素材条件の差異により違って当然であり、本来はそのめっきラインで最適工程を工夫し独自のノウハウとして持つべきなので、具体的に細かな条件を示すことはできず、一般的な例を示すに止めました。本稿が、日常作業上の疑問の解決あるいは前処理条件設定の上で多少なりとも参考になれば幸甚です。
近年のめっき技術の進歩、 特に個々の素材に適応した前処理法の開発改良により大抵の素材にめっきすることが可能となったが、やはり素材によってめっきのし易さに差があります。めっき素材は大まかに以下のように分けられます。
めっき皮膜はその結晶化レベルに違いはあるが基本的には金属(合金)であるので、金属素材の界面では多少歪んでいても金属結合することが可能です。このことは、めっき皮膜のバル(bulk)はアモルファス(amorpHous、非晶質)であっても、金属素材に直接結合する界面部分の数原子層は結晶性を持っていると考えて理解すべきでしょう。従って、密着力をアンカ(anchor)効果や分子間引力に依存する非金属よりも、それらの結合力に金属結合が加わる金属素材上では、基本的に密着良くめっきを析出させ得ます。ただし、表面を活性化することが困難な金属あるいは本来触媒性のない金属もあり、その場合は前処理法の選定が非常に重要となります。金属をめっきのし易さの点から分類すると以下のようになりますが、必ずしもその区分は明確ではありません。
素地自体に触媒性があるので、簡単な前処理を行うだけで比較的密着良くめっきすることができる金属で、その代表例は鉄鋼(Fe合金)です。ただし、C、Ni、Cr、S等の含有率が高くなると前処理が難しくなる。なお、一般的にはニッケル基合金、金、銀も触媒金属と見なされるが、実際の前処理的としては不働体化金属の場合に近い工程が必要となります。
無電解ニッケル皮膜自体には当然触媒性があるが、ニッケル合金上には薄く強固な酸化膜を形成しやすいため、案外無電解ニッケル皮膜上の無電解ニッケルめっきは密着不良を起こしやすくなります。
代表的にはAl合金、Zn合金、Mg合金であり、銅ストライク等の適切な前処理を行わなければ、めっき浴中で溶解してしまいます。従って、直接無電解ニッケルめっきするのは困難であるが、被めっき物として最も需要の大きいAl合金に対しては、後述するダブルジンケート処理を行う方法が有効です。
ステンレス鋼(SUS、Cr12%以上の高耐食性合金鋼)、工具鋼、耐熱鋼、高張力鋼のように、加工時に付着したスケールに加えて、表面にごく薄いが強固な酸化膜(不動態化膜)のある金属を言い、この不動態化膜除去のための強力な酸洗等を行った後は、その再形成を防ぐための迅速な水洗・槽間移動が必要となります。高炭素鋼および一部のニッケル基合金は不動態化金属に分類して前処理を考えた方が良いかもしれません。
無電解二ッケルめっき反応において触媒毒となるCu、Sn、Zn、Pb、Bi等を多量に含む合金をいいます。
これらのうち触媒毒性の弱いCuやSnを中心とするCu基合金、Sn基合金であれば、ガルバニックイニシエーション(galvanic initiation、めっき反応を異種金属との接触により開始させること)、Pd 活性あるいは通電により、かなり密着良くめっきすることが可能です。また、無電解ニッケルーホウ素めっきはめっき浴の活性度が高いので、Cu合金に対してはPd活性やガルバニックイニシエーションなしで、直接めっきできる場合もある。しかし、触媒毒性の強いPb、Bi等を多量に含む合金に直接無電解ニッケルめっきすることは難しくなります。
上記2)3)4)のうち、特にめっきしにくい金属をいいます。例えば、Mg合金、Pb合金等であり、直接無電解ニッケルめっきすることは現時点では最も困難です。また、焼結合金も、結合させるべき金属が本来めっきしにくい高融点金属や粉未金属間化合物である上に、バインダーが悪影響しやすく、多孔質に起因する問題(均一な前処理が困難、 めっき液への前処理液の持ち込み、めっき後のめっき液の染み出し)が多いために難めっき金属とすべきです。
基本的にはPd等による触媒活性を行うしか方法がないが、素材によってめっきのし易さに差がある。不導体素材とめっき皮膜は金属結合できないので、主にアンカー効果(およびわずかの分子問引力)により密着性を得るので、素材表面の粗さが非常に重要です。従って、エッチング工程がポイントとなる場合が多いです。
ICパッケージ、圧電セラミック、セラミックコンデンサー、チップキャリアー、セラミックヒーター等に無電解ニッケルめっきする機会が増加してきました。ただし、母材セラミック基板自体にめっきすることは希で、通常は、Mo、W、Cr等でメタライスされた回路や電極に選択的にめっきすることが多いです。その意味では金属上のめっきと言った方が良いかもしれません。セラミック上に直接無電解ニッケルめっきするのであれば、活性化についてはプラスチック上の場合に近いと考えた方が良いです。なお、セラミックスにメッキする主な目的は、回路形成、電極形成、接合です。
近年では、ABS(アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体)以外のPA(ポリアミド、ナイロン)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、POM(ポリアセタール)等にも無電解ニッケルめっきされるようになりました。前処理のポイントは、プラスチックスを親水・膨潤化させるエッチング工程にあり、 この工程で密着性の善し悪しが決まります。めっき可能グレードのあるプラスチックスを分類して、表4-1に示します。
分類 | 長期耐熱温度 | 代表例 |
---|---|---|
汎用プラスチックス | 100℃以下 | ABS PP(ポリプロピレン) |
汎用エンジニアリング プラスチックス |
100~150℃ | PA POM |
高性能エンジニアリング プラスチックス |
150~200℃ | PSF (ポリサルホン) |
スーパーエンジニアリング プラスチックスックス |
200℃以上 | PI(ボリイミド) |
ガラス上へ直接メッキが必要となることは希であるが、ガラス上に形成されて電極の役割を果たすITO(酸化インジウム錫)皮膜等へ無電解ニッケルめっきが要求される機会は増えてきた。一般的に、厚付けめっきは、ガラスーITO間で剥離しやすいので困難です。
最近では、主に2.5インチ以下のハードディスクの素材として用いられる結品化ガラス上への直接無電解ニッケルめっきも検討されているが、やはりガラス一無電解ニッケルめっき間で十分な密着を得るのが難しいです。ガラスへの密着性は、前処理以外にも、無電解ニッケルめっき液の錯化剤および安定剤の種類・pH・皮膜中のリン含有率など多くの要素が関係していることは経験的にわかっています。