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バレンタインデー直前スペシャル
バレンタインデーについて、もう残りわずかな時間しかないので私の考えを述べさせて頂き、皆様の心の健康を維持することにお役立ていただければ幸いと思います。
幼少期
バレンタインにチョコレートを異性からもらう。そんな素敵な事ってあるでしょうか。子どもの頃、母親や祖母、そして近所の幼馴染がチョコレートをくれて、とりあえず子どもはチョコレートが大好きだし、お返しも自分で買わなくていいし、とってもハッピーなイベントだと思っていました。
思春期
中学生ぐらいになると、なんとなく異性を気にし始めるのですが、バレンタインデーにチョコレートをくれるのは母親と祖母だけになってしまいます。おかしい。マンガでは、普段怒ってばかりのクラスメイトが突然顔を真っ赤にして、「作り過ぎて余っちゃった。捨てるの勿体ないからくれてやるよ。」と言われて押し付けられるイベントが発生するのですが・・・・
ずっとずっとずっと、中学と高校が男子クラスでした。
学校に女子はたくさんいたのですが、ラッキーバレンタインなんて起こるはずも無く、ムダに靴箱を開ける時緊張する自分。。。
しかし、モテるクラスメイトは山ほどチョコレートを抱えているわけです。
(ああ、そうか。俺、チョコレートを含む甘い物、嫌いやったわ。)
と、なぜか甘味処を避けることで精神の安定を図る、か弱い十代の僕。
364日、女子たちに何も与えてこなかった僕たちに、チョコレートなんて渡されるはずがなかったのです。
そして、あら不思議。気付くと大学生になっていたのです。
青年期
彼女がいない状態の時は、クリスマス・イブなどの恋人のために設けられた国民の呪日に対してヤキモキしていたわけですが、実際に彼女が出来てしまうと、あれ?おかしい。全然嬉しくないことはないけど、なんだろう、この感じ。全くときめかない。そうか、答えのない禅問答と同じで、もらえるかもらえないか、女の子からの成績表がチョコレートだったんだ!
社会人に差しかかると、義理チョコを貰うと甲斐性なしに思われると信用問題に関わるのでお返しを買い、彼女へは×3のレバレッジを利かせたお返しをするという、ときめきどころか何も得をしないイベントへの嘆きが募るばかりになりました。
現在
妻にこう言いました。「バレンタインにチョコレートは贈ってこないで欲しい。」
妻はこう言いました。「いや、贈る。」
私は妻にこう言いました。「いや、断る。」
妻はこう言いました。「なんで?」
私はこう言いました。「0に3を掛けても0だから。(ホワイトデーも無し)」
妻はこう言いました。「じゃあ贈らないけど、ホワイトデーなんか頂戴。」
私はこう言いました。「いや、だから0に・・・」
妻は遮ってこう言いました。「全然!そんな高い物じゃなくていいってわけじゃないから~♪」
未来
日本から、バレンタインデーは無くなり、少子化はさらに発展するのであった。
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