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ポケモン30周年。あの頃の自分と、今の自分をつなぐ物語
1996年2月27日。
あの日、初代ポケットモンスターが発売されました。
私は当時9歳。今年で40歳になります。
振り返れば、あれから30年。時間の流れの速さに驚かされます。
正直に言うと、私は当時「世の中にはストリートファイターとバーチャファイターしか自分に合うゲームはない」と本気で信じて生きていた少年でした。テレビCMで流れるドラクエやFF、そしてポケモンも、どこか“自分とは別の世界のもの”という感覚で、まったく触れずに過ごしていたのです。
唯一ハマったのは、ポケモンカード
そんな私が唯一触れたポケモンが「ポケモンカード」でした。
本編ゲームが大流行した翌年、友人たちの影響もあり、夏休みのお小遣いをはたいて買えるだけ購入。毎日のように遊んでいました。
ところが、2学期が始まると状況は一変します。
教室の中にポケモンカードの話をする友達が、誰一人いないのです。
その瞬間、私の熱もスッと冷めました。
当時まだハマりかけていた4歳下の妹にカードをすべて譲りましたが、妹も興味がなかったようで、結局は友達にあげてしまったそうです。
まさか、20年以上後に初代ポケカが高騰するとは、夢にも思いませんでした。
あの時手放していなければ、お小遣いが今の貯金に化けたのに。
5000円で始まった、本当のポケモン体験
私が本格的にポケモンをプレイしたのは1999年。中学受験を終え、奈良帝塚山学園に入学した後のことです。
ある日、友人から相談を受けました。
「親から、ゲームやりすぎて成績が下がってるから、ゲームボーイカラーとポケットモンスターピカチュウバージョン売ってこいって言われてん。5000円でええから買ってくれへん?」
私は快諾しました。
5000円を渡し、ポケモンを始めたのです。
これが、完全に“ドハマり”でした。
クラスで「ポケモンは面白い」と言い続けた結果、家に眠っていたゲームボーイを引っ張り出して再開する同級生が続出。ちょっとしたブームを起こしました。
通信ケーブルをわざわざ買ってきてくれた友人もいました。今思えば、あの頃のワクワクは特別なものだった気がします。
金銀で知った、RPGという世界
1999年11月、ポケットモンスター 金・銀が発売されました。
ジムリーダーを8人倒し、ポケモンリーグを制覇。
「終わった」と思った瞬間、まさかの“もう1周”。赤緑のジムリーダーを倒して来いと。。。
あの衝撃は忘れられません。
格闘ゲームしかやったことがなかった私にとって、RPGの奥深さは革命でした。世界が広がり、物語が続いていく面白さを知ってしまったのです。
当然ながら、成績は見事に右肩下がりでした。
そして、熱は静かに冷めていく
このままゲームオタクになるかと思いきや、私の興味は体を鍛えることや楽器へとシフトしていきました。
ポケモン熱は、他のゲーム熱と一緒に思いのほかあっさり冷めました。
次にプレイしたのは大学生になってから。
Nintendo DSで発売されたポケモン ダイヤモンド・パールでした。
グラフィックは格段に進化し、知らない要素も増え、戸惑いながらも楽しみました。ただ、どこかで“少年の心”が薄れていたのも事実です。
- ストーリーをクリアしたら終了
- 対人戦はやらない
- 飽きたら妹にあげる
ポケモンカードと同じ行動を、また繰り返していました。
メルカリで気づいた「データの価値」
社会人になり、父親になり、メルカリにハマった頃のことです。
家にあったゲームソフトを売ろうと相場を調べてみると、驚きました。
ポケモンのソフトが、想像以上の価格で取引されているのです。
しかも、セーブデータによって価格が大きく変わる。
カートリッジ型ソフトは、中のデータも“資産”になるという事実を初めて知りました。
かつて妹に渡したデータは、もうどこにもありません。
30年前の自分に、「将来価値が上がるかもしれない」と教えてあげられたら…そんなことを、少しだけ思いました。
大人になって触れたポケモン
先日、アクションタイプの新作(レジェンズZA)をプレイしてみました。
面白い。懐かしい。
でも同時に、「難しくなりすぎている」とも感じました。
タイプ相性、技構成、育成論。
のめり込むには、時間も熱量も足りません。
けれど、子どもたちが夢中になる理由はよく分かります。
設定には歴史があり、覚えるほどに世界が広がる。
実生活では役に立たない知識ほど、理解し使いこなせるようになった時のワクワク感は格別です。
ポケモンとSF、そしてイノベーション
先日、岡田斗司夫氏のYouTubeで興味深い話を聞きました。
世界をけん引する経営者やイノベーターと呼ばれる人たちは、SF小説やSF映画を好んでいるというのです。
荒唐無稽な未来設定。
それが実装された世界で何が起こるのかを想像する力。
自分が起こすイノベーションの“その先”を見通せる人が、未来を作るのではないかという話でした。
30年続くポケモンの世界も、ある意味で壮大なSFです。
未知の生物を理解し、特性を学び、戦略を立てる。
その体験は、現実世界で未知の技術や価値観に出会った時の「受け止め方」を養っているのかもしれません。
子どもたちへ、そしてかつての自分へ
世界は広い。
そして、いつかゲームよりも面白い現実が待っています。
でも、それに気づく日が来るまでは、思いきりハマればいい。
ポケモンに夢中になる子どもたちを見て、そう思います。
何かこう、ポケモンに子育てしてもらっているような感覚。
30周年という節目に、あの頃の自分を振り返ると、無駄な時間は一つもありませんでした。
カードを手放したことも、データを失ったことも、成績が下がったことも。
すべてが、今の自分を形作る思い出です。
アイドルグループのグループ名やメンバーの名前、楽曲を覚えられなくなったのと同じで、ポケモンの名前ももう覚えられなくなり、年を取ったなと思うか、成長したなと思うか、その人次第。
失礼な言い方をすると、卒業出来たからこそ大人になったのかなとも思う今日、2026年2月27日の手記でした。




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