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下町ロケット ゴースト

下町ロケットは、下町の中小企業がロケットに積まれる部品を巡って銀行、大企業、ライバル企業と渡り合い繰り広げられる人間ドラマを題材にした、池井戸潤さんの代表作です。私はこの本が大好きで、先日出た新刊の「下町ロケット ゴースト」も発売日に手に入れてすぐ読み終えました。

人気作家にありがちな悩みとして、ある種パターン化されたフレームの中で、テーマを変えて作品を描いていくのですが、どこかで見たようなストーリーが展開されて目の肥えた読書家から評価されなくなることがあると思います。

下町ロケットに始まり、ルーズヴェルトゲーム、陸王、民王、空飛ぶタイヤ、俺たちバブル入行組シリーズ(半沢直樹)、アキラとあきら、七つの会議、不祥事(花咲舞が黙ってない)、ようこそわが家へなど、全部ではないですがかなり読んでいます。

全ての小説に共通していることは、「お天道様はみんな見ている」というような王道を進めば邪道は滅びるという教訓があることです。そして、銀行や大企業の論理というものがあって、動かしがたいものではあるけれども、崩れないものでもなく、それを動かすものもまた銀行や大企業の論理なのだという点で締めくくられています。(私の過大解釈かもしれませんが)

下町ロケットは、バルブ製造の技術力では光るものがある中小企業が、ロケットに搭載される水素エンジン用の開閉バルブを開発する話。続編のガウディ計画は、子ども用の心臓弁に使われる軽量かつ耐久力に優れたバルブを開発する話。そして今回は農業用トラクタに使われるトランスミッションへ使用されるバルブを開発する話。

今回は今年の秋に発売予定の「ヤタガラス」と呼ばれる準天頂衛星に繋がる物語であったため、大きなヤマが無く主人公の佃製作所があまりクローズアップされません。しかしながら、帝国重工と呼ばれる日本を代表する重工メーカーで自己実現出来なかった伊丹と島津という二人の人物が、起業して選んだトランスミッションの開発と生産方法が世相を表していて、かなり勉強されているなと思いました。

ネタバレになるかもしれませんが、この二人が起こした会社は「ギアゴースト」と呼ばれる会社で、生産工場を持たない「ファブレス経営」を行っています。自社で企画・開発した製品を、生産委託するものです。ライフサイクルの短い製品に対して有効な手法ですが、生産量が増えるほど外注費がかさむほか、品質管理や製造ノウハウの蓄積が出来ない点がデメリットとして挙げられます。ここで重要になってくるのが、経営資源を投入している規格・開発ですが、そこで特許闘争に巻き込まれて窮地に陥ってしまう、というのが今回の話の肝になります。本当によく取材をされて書き込まれているなと感心します。

大企業の論理と呼ばれるところは、もう何年も前に私がソニーの社員の方に直接お伺いしたことで、メモリーカードがSDカードに集約されていく中、なぜメモリースティックに固執するのかという話を聞いたことがあります。するとその質問に答えてくれた方は、「メモリースティック自体が企業内ビジネスとして確立されてしまって、動かしがたいので撤退しにくいのが現状。」とおっしゃっていました。しかし結果としてVAIOにはSDカードスロットが搭載され、メモリースティックが市場から姿を消していったことは皆さんの記憶にあるかと思います。このように、大企業には合理的な判断が一部の人間への忖度で出来ない場面も多いのかなと思わされます。

逆に、一部の人間が尊重されないケースもあります。過去に、汎用機を改造した特殊機の販売に携わっていたことがあります。顧客要望に合わせて、一台一台オーダーメイドで設計から製造まで行っていくのですが、企業の合理化の波に飲まれ、不採算事業としてこのシステムが会社から無くなってしまいました。これは私の仕事にも大打撃を与えるどころか、企業内転職を余儀なくされ、元いた部署は解体されました。結果的に利益率は向上したのだと思いますが、当然これまで付き合いのあった顧客からは離れられてしまいました。今まで提供出来ていたものが同じ条件で提供できなくなることの大変さは、その後何年もかけて味わうことになりました。しかし、多くの人間が働く企業が生き残っていくうえで間違った選択ではなかったと言ってしまえばその通りで、批判の声は押し込めて前を向くしかない状況を理解したのも事実です。

私が下町ロケットを含めた池井戸潤さんの小説が好きな理由は、分かったふりをして書いているのではなく、かなり体験や取材をもとにしっかり作りこまれていると感じられる背景の描写力に惹かれているためです。

 

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